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御坊ゆかりの先人たち 小竹 岩楠

白浜温泉開発の父

小竹 岩楠

 南紀白浜温泉といえば、東の熱海、西の別府と並ぶ古い歴史を持つ温泉郷で、湧き出る湯も多く、紀南の発展に大きな役割を果たしています。この由緒ある白浜温泉郷を近代的な温泉町として今日の繁栄の礎を築いたのが小竹岩楠です。
 岩楠は、明治7年(1874)御坊市島の塩路彦七の2男として生まれました。小学校・中学校は、主席で通したといわれています。御坊市御坊の小竹家の養子となり現一橋大学へ進んだが病気のため退学しました。その後元気をとりもどした岩楠は、実家の兄弟と協力して親から引きついだ木材業を営み、旧にまさる財産家となりました。明治40年、岩楠は、御坊の西川下流に日高地方ではじめての製材所を設立しました。明治43年には、以前から考えていた日高電灯会社を設立し先頭に立って活躍しました。37歳の時でした。近代産業発展には電力の必要を見越し、日高川水力電気株式会社を設立し、後に社長となりました。
 白浜は、古くから温泉が自然に湧出して『牟婁の湯』として親しまれてきましたが、白浜温泉は、大正の中頃から人間の力によって温泉を掘り、計画的に開発された新しい温泉地です。田辺の人達が温泉を掘りましたが井戸掘りの方法であったので成功しなかったという話を聞いた岩楠は、その権利をゆずりうけ、海中温泉掘削という困難な工事であったが、大正9年、108メートル掘ったところで温泉が湧き出し掘削工事は成功しました。
 次に旅館白浜館の建設に着手、翌年9月に完成しました。緑のタイル張りの浴槽には海中温泉から引いた湯が、とうとうと溢れていました。
 新しい白浜温泉の誕生でした。お客さんを白浜へ呼ぶために床(ゆか)の高い自動車を10台程輸入して走らせ、田畑・山林を買収して道路の整備・改修にも力を注ぎ、当時県下に数社あった自動車会社を買収合併して、白浜温泉自動車株式会社を設立して社長となりました。
 岩楠は、着々と白浜温泉を開発し、一大温泉郷を築く一方、熱心な浄土真宗の信者として朝夕の礼拝は欠かさなかったと言われています。『一つの仕事をやりとげるには、その仕事の専門家になれ。』『少しぐらいの失敗にめげず、がまん強く続けよ。』というのが信条でした。彼は偉大な実業家ではあるが、ただ営利を追い求めた人ではなく、常に地域の発展繁栄を基礎におき、奉仕主義に貫かれた人間的にも奥深さをもつ人として、信頼され敬慕されたのです。
 昭和8年(1933)現JRきのくに線が、白浜口駅までの開通を目前にしながら、60歳の生涯を閉じました。
 白浜温泉町の小高い山の上にある常喜院の境内には、岩楠の銅像が建てられ、白浜温泉の発展を今も見守り続けています。

小竹岩楠翁の銅像

小竹岩楠翁の銅像(御坊東町)

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