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御坊の歴史 年表(昭和元年~昭和28年)

 
西暦 年号 事項
1927年 昭和 2年   中村憲吉(歌人)が白浜への船旅の途中で御坊を詠った。
「日高山おくがに暗き松原の御坊の浜はすさぶ白浜」
1928年 昭和 3年 5月 御坊で最初の外国人によるピアノ・ヴァイオリン演奏会(日高高等女学校同窓会(白梅会)と行路詩社の共催)
6月 小松原に片倉製糸紡績株式会社紀南製糸工場が進出、操業開始。(昭和17年廃業)
8月 西条八十(詩人)が行路詩社の招待で来て、日高高女講堂で文芸講演
8月 はじめて藤田村吉田の日高製氷会社で氷を製造。日産5トン
10月 タクシー、御坊で初めて走る。料金は御坊町内50銭均一、御坊町内から藤井、北塩屋、吉原、丸山、小松原、浜ノ瀬行は1円均一
12月 御坊臨港鉄道株式会社設立(地元有力者150人、25万円出資)
1929年 昭和 4年 1月 南方熊楠が粘菌採集の帰途、塩屋村の親友羽山蕃次郎を訪れ同家で二泊し蟹の絵を描く。
2月 全国農民組合日高同盟発足
4月 公衆電話、名屋十本松の大阪商船扱店前にはじめて設置される。
4月 紀勢西線が御坊まで完工、御坊駅開業
1930年 昭和 5年 5月 日高地方最初のメーデーが行われる。
5月 塩屋、野口両村長「一日数十台の自動車往復で沿道の桑園は土ぼこりのため5、60町歩が蚕の飼料とならず」と御坊署ヘスピードの取締りを陳情
6月 町内の自動車(トラック含)、白浜自動車16台、南海自動車6台、西島自動車10台、丸通3台、丸二運送2台、商船扱店2台、中村1台、柏木タクシー1台。
8月 日の出紡織御坊工場の従業員がストライキ
8月 株式会社御坊中央市場(魚介類の卸売場)、八幡筋に開設
12月 天田橋竣工(程なく流失)
  日高小作農民大争議はじまる。前年暴風雨による大減収のため地主に減免を要望
  日高川砂利浚渫組合営業開始。
1931年 昭和 6年 6月 御坊臨港鉄道、御坊駅~紀伊御坊駅間開通
11月 天田橋架橋(昭和28年7月18日流失)
12月 日高紡績で解雇反対争議起こる。
  小松原に東田練乳株式会社分工場出来る。この頃湯川・藤田村に酪農家が多かった。
1932年 昭和 7年 4月 御坊臨港鉄道、紀伊御坊駅・西御坊駅間開通
1933年 昭和 8年 4月 高浜虚子来る。「絵巻物にありげの桜咲いてをり」
5月 全国農民組合日高同盟、飢餓行進を実施、同盟休校決行。
  御坊中央市場内に日高青果市場開設(昭和10年青果部移転独立)
  この年の終わり頃、日高小作農民争議幕を閉じる。
1934年 昭和 9年 8月 御坊臨港鉄道、日高川駅開業、全長3.4キロメートル。
9月 室戸台風襲来、大被害もたらす。
  名田村が県下第一の除虫菊生産地になる。(~昭和12年)
1935年 昭和10年 5月 和田村の私立常磐義塾(M41開校)が常盤商業学校と改称
10月 町立御坊商業学校開校
10月 町立御坊高等家政女学校開校
  株式会社鐘紡製糸、乾繭場を天田に設置
1936年 昭和11年 2月 沖野岩三郎(作家・牧師)が取材のため来る。 「日高川名をきくだにも恋しかり父母います里と思へば」
  名田村役場名田村誌発行
1937年 昭和12年   カナダから帰国の名田出身佐藤栄三郎、オランダえんどうの種子を持ってくる。その後、栽培に成功。
1938年 昭和13年 12月 大阪商船の紀州航路廃航
1939年 昭和14年 1月 野口雨情(童謡・民謡詩人)が来て、日高芸術協会の依頼で御坊小唄を作る。
 「六十二段に風寒く日の暮るる」
3月 御坊職業紹介所開設
3月 御坊保健所開設
4月 消防団を改組、警防団を設置
1940年 昭和15年 12月 御坊町立保育所開設
  南海紙業株式会社、日窒火薬株式会社に吸収され同社の和歌山工場となる。(昭和18年日窒化学工業株式会社となる。)
  日高紡績株式会社、中越紡績株式会社に吸収され同社の和歌山工場となる。
  日の出紡織株式会社が他の紡績3社と合併して大和紡績株式会社となる。
  高砂香料日高工場設立
1942年 昭和17年 7月 日高地方事務所設置
8月 町内24の製材工場が廃業、日高林材会社が16工場を統合して運営
  御坊周辺の四造船所が合併し、御坊造船所となる。
1943年 昭和18年 1月 御坊出身の政治家田淵豊吉死去
  紡績会社は軍需工場に転換
  • 中越紡績和歌山工場は石川島航空工業株式会社和歌山工場
  • 大和紡績御坊・松原工場は日本アルミニウム工業株式会社→三菱軽合金工業株式会社御坊・松原工場(昭和19年)
  製材・木材の個人営業停止、和歌山県地方木材株式会社御坊支店が一括営業権を握る。
1944年 昭和19年   学徒動員令発表
7月、日高中学4・5年生徒約160名兵庫県相生の播磨造船所、御坊商業(日高工業学校)4・5年生は町内石川島航空、日高高等女学校生は三菱軽合金工場へ動員
年末、日高中学3年生が神奈川県横浜市の軍需工場へ動員。
  本土防衛軍が日高地方に配置される。
1945年 昭和20年 6月 7日、名屋源行寺被爆
6月 22日、美浜町浜ノ瀬、北塩屋、名屋に爆弾
6月 26日、日の出町・美浜町田井畑に爆弾
7月 24日、新町に爆弾
7月 25日、御坊の三菱軽合金に機銃爆撃全滅
8月 15日、太平洋戦争終結
1946年 昭和21年 12月 南海地震発生。津波がおそい由良町、印南町の被害甚大
  大和紡績松原工場操業再開(御坊工場は荒廃ひどく御坊町に売却)
  名田に澱粉工場が出来る。
  神明の渡し(古森と御坊町の島神明の間の渡船)はこの頃廃止
1947年 昭和22年 5月 新制中学校が各町村で開設
5月 司法事務局御坊出張所を設置(昭和24年、和歌山地方法務局御坊支局に昇格)
5月 和歌山地方検察庁御坊支部・御坊区検察庁設置
5月 御坊簡易裁判所、和歌山地方裁判所御坊支部設置
9月 御坊労働基準監督署設置
9月 日高川の川原において競馬開催
  日高青果物商業協同組合発足
1948年 昭和23年 5月 県立日高高等学校発足(旧日高高等女学校・日高中学校・日高工業学校の三校統合)
11月 和歌山県教育委員会事務局日高地方分局設置(教育委員会制度発足)
  消防組織法の施行により、警察署の指揮下から分離し自治体消防発足
  自治体警察が設けられることになり御坊町警察署設置
1949年 昭和24年 5月 和歌山大学設置
6月 御坊電報電話局設立(御坊郵便局の電信電話業務を分離)
9月 国保日高病院開設(御坊町外11ヶ村国民健康保険並びに伝染病院事務組合)
1950年 昭和25年 9月 ジェーン台風(日高地方北部被害甚大)
1951年 昭和26年 8月 日高川漁業協同組合成立
  御坊青果市場株式会社が名屋で創業
1952年 昭和27年 10月 南海果工株式会社設立
1953年 昭和28年 7月 7月18日水害
日高川筋県下最大の被害となる。